0対122 けっぱれ 深浦高校野球部   川井龍介著  講談社  2001/11発行


0対122 、 これは1998年青森県の夏の高校野球予選で、深浦高校が東奥義塾と対戦した時のスコア であり、全国で最高の大差の記録でもある。この年、甲子園では松坂投手の大活 躍で横浜高校が優勝し喝采を浴びたが、この深浦高校も別の意味で話題になったことは記憶に新しい。この本は、著者の川井氏が深浦高校野球部が野球に傾けた情熱を描いたルポであり、青春物語にもなっている。


このような大差になったのは、まず深浦高校の野球技術にまずさにあるが、相手の東奥義塾が最後まで手をゆるめず真剣に闘ったということも挙げられる。監督は5回途中の休憩時間に生徒と相談し試合放棄も考え,周りも当然そのように思ったが、生徒たちの希望により続行。会場からは拍手が起こったと言う。

この試合の後、色々な反応があったことをこの著書は丹念に追っている。深浦高校は試合に出る資格がない、相手の東奥義塾は手加減を加え早く試合をやめるべきであったという批判、両校は大差はともかく真剣に戦ったという賞讃など。特に野球関係者は次の試合を考えると東奥義塾は省力化に努めることが必要であったいう意見が一般的であったという。しかし、青森三沢高校出身で甲子園で決勝まで進出し、プロ野球でも活躍した大田幸司投手は「全力を尽くすのは当たり前、どんなに相手との力の差があろうと精一杯やるのが礼儀。」というコメントを出している。高校野球のあり方について傾聴に値する意見である。

いろいろな反響のある中で、この試合の様子が神奈川県の小学校の「道徳」授業の中で、「自分の決めたことを粘り強く最後までやり遂げる」という主題内容の教材になったことが紹介されている。これに対して、生徒たちもそんな大げさな気持ちで試合を続けたのではなかったと著者は言っているように、すぐ美談にしたがる日本的な心情には疑問を覚える。試合に帰りに、監督や部長に向かって「先生たち野球部クビになるのか」という生徒たちの発言こそ、素直な気持ちで人間的である。

実際、著者は彼らが、その後も野球部もやめないで、監督を慕い、仲間を大切にして努力する姿を描いており、むしろその部分に感動を覚える場面が多い。深浦高校は生徒、職員合わせて150名で、退職間際の校長と若い教師で構成されている小規模校であり、学校統廃合の対象校でもある。しかし、校長を始めとして職員、地域が一丸となり学校づくりに励んでいる姿が紹介されている。野球部もそのような背景の中で、練習を重ね努力している活動を伺うことができる。

また、野球部を始めとする深浦高校の生徒たちが、自分の進路に向かって悩み、努力している姿も描かれ、野球のことばかりでなく今日の高校教育のありたについても触れている。大学進学の殆どないこの高校で、あの試合で捕球のまずさからバックネットに35回も走った捕手が父親が通年出稼ぎという逆境にめげず、校長はじめ学校ぐるみの支援の中で10年以来という国立大学に合格し、統廃合に揺れる校内が喜びの雰囲気に盛り上がったということが紹介されている。

過疎化や少子化の現象のなかで、深浦高校ばかりでなく郡部の学校と都市部との格差は、生徒数、学力、部活動の面でも広がっているといわれている。さらに野球に関して言えば、青森においても甲子園をめざして他県から選手を集める学校も出てきている。このような状況の中で、陸の孤島という港町、深浦の野球部の生徒たちの仲間を大切にして、誰の目を気にせずスポーツに打ち込む姿に清清しさを感ずる。卒業を前にして野球部のメンバーが口々に言うのである。「仲間がよかったから」「工藤さん(監督)がよかったから」と。

2001年夏、深浦高校は夏の予選で、12対2、5回コールドゲームで敗れる。そして、秋の新人戦の公式試合で、10対11、延長10回のサヨーナラ負け。初勝利まであと少し。けっぱれ 深浦高校野球部。

一口メモ

青森県深浦町は、江戸時代は北前船も立ちより栄えた港町である。かつて、太宰治がこの地を訪れたことが小説「津軽」にも書かれている。深浦町のホームページは次の通りである。http://www.infoaomori.ne.jp/fukaura/






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