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日本人の歴史意識 阿部謹也著  岩波新書 2004年1月刊

著者の阿部謹也氏は歴史意識を「社会事象を時間的契機において捉え、その推移に主体的にかかわりあって ゆこうとする意識」(小学館「日本国語大辞典」」)と捉えたうえで、この著書で日本人の歴史意識について古代から近代にわたり歴史的に考察している。そしてそれを「世間」というキーワードで究明しようとした点が特色である。

我々は「世間に対して申し訳ない」とか、自己よりも「世間」を気にする場合があるが、阿部氏はこの「世間」を日本独自の生活の形として注目している。つまり、西欧では12世紀以降「個人」の概念が形成されたが、日本では「世間」という人と人の絆があり、これが個人を拘束していると分析している。そして「世間」の中に生きる人々の行動原理を「贈与・互酬」、「長幼の序」、「共通の時間意識」の三つの原則に分類している。「「贈与・互酬」は俗にいうおごられたら、お返しするような関係であり、「長幼の序」は言わずもがな、「共通の時間意識」は「今後ともよろしく」「先日は有難うございました」など人々が皆一つの時間に生きていると信じていることだという。このような我々の無意識的な日常の行動様式から日本人の歴史意識を考えようとしていることにまず興味をそそられる。

阿部氏は以上のような視点で、「世間」についてまず古代の知識人、民衆がどういう意識をもっていたかを当時の万葉集、源氏物語など多くの古典の分析を通して探っている。その中で特に「日本霊異記」にみられる「世間」の構造を通して民衆と世間のかかわりについての分析に意を注いでいる。この古典は9世紀のはじめ、奈良薬師寺の僧景戒が編集した仏教説話集で、因果応報の理を説く話が多く、当時の民間に伝承せられていたものを集めたものと言われている。

「霊異記」には、人間が生活している周囲の動植物、また天の星、月、太陽が人間の生活に大きな影響を及ぼしたことや、怨霊などの呪術的なものがよく出てくる。人間はそれに対して供養をしたり、祟りを慰撫するための御霊会がよく行われたことも書かれている。阿部氏は広く古代の動植物、天体や怨霊までを広義の「世間」とみなし、人間は生活の安定を図るためにそれらの供養や御霊会を行ったことは、「世間」の原則である「贈与・互酬」の関係に他ならないというのである。この考えでいくと、日本人は古代においては御霊信仰によって「世間」の意識をもっていたことになる。

また、阿部氏はこのような呪術的思考を否定したのが親鸞であるとして、彼の教えである「教行心証」で「世間の悪魔や異教や、あやしげなことを説く妖僧の誤った言葉などを信ずるときは、禍はたちどころに現われるだろう」と言っていること紹介し、現在にいたるまで日本の呪術を理論的に実践的にも原理的に排撃したのは親鸞を除いていないと評価している。そして彼の「専修念仏」の世界で念仏を唱えると往生が約束されるという教えは「「贈与・互酬」の関係の極限の姿であるとしている。

しかし、江戸時代になると貨幣経済の浸透により「世間」を捉えなおす商人の台頭に着目している。阿部氏はこれを井原西鶴の「西国諸国ばなし」から「人は化け物、世にない物はなし」とあるように、「日本霊異記」で人々の生活を支配していた神々がまったく力を失い、世間そのもが神になってしまったことを指摘している。いわば世間が世俗化していったわけである。

明治になり西洋の文化が移入され、近代化の標榜をしながらその内側に古い「世間」の人間関係はそのままかかえるダブルスタンダードとして出発し、建前の近代化の中で「世間」を表面に出さない暮らしをしてきたが、「教育勅語」の制定によって、父母孝養、兄弟姉妹の慈しみ、天皇(国家)敬愛が強調され、ヨーロッパの近代化に見られる個人の尊厳が無視されることになる。この事実から阿部氏は旧来の人間関係が「世間」の枠のなかで存続したと分析するのである。

以上、この本を「世間」というキーワードで、日本人の歴史意識の特徴的な部分を私なりに抜き出し解釈してみたが、阿部氏が、「明治以降、私達は西洋の文化を摂取してきたために日本の歴史をも西欧の歴史に重ねて理解しようとして、歴史としての「世間」を無視してきた」という指摘に目を洗われた思いである。「世間」の中で閉塞させらてきた個人を解き放たなければならない。そのためには何よりも個人が「世間」から自立しなけれければならないという阿部氏の主張には頭を垂れざるを得ない。

つまり、自分の生活を振り返ってみると、「世間」に拘束されていることが実に多い。そしていかに上手く適応するかだけを考え、「世間」そのもが歴史であるという意識に欠けていたように思う。「世間と対峙するなかで生まれる個人は「世間」を歴史としてみることになる」という阿部氏の考えに成る程と思う反面、この本でも書かれている長い「世間の歴史」の中で培われた意識はそう簡単に変える事ができないのではないかという不安も感じた次第である。

一口メモ

著者は西洋中世史の研究者として知られた方である。この本でも西洋における歴史意識、特に西洋の「個人の確立」の歴史の面からそれと対比して日本人の歴史意識を述べている。またこの本の後半の部分で西洋・日本の歴史学研究のありかたについて述べているが、この部分についても大変参考になったことを付記しておく。


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